四、庭師ゲスパン
しかし町長の思惑(おもわく)はちがっていた。その騒ぎは、伯爵の屍体が発見されたためではなかった。
やがて客間の戸が突然に開(あ)いて、一人の痩せ形(がた)の男が、憲兵と下男に左右の手を執(と)られ、懸命に争いながら閾際(しきいぎわ)まで押されて来た。
「彼奴(あいつ)だ! ゲスパンだ! 叩っ殺せ!」
口々に呶鳴(どな)っている野次馬の声が聞えた。
庭師のゲスパンが帰って来て、捕まったのであつた。
「私は何も知りません――放して下さい――」
ゲスパンは夢中になって抵抗した。
「早く此室(こっち)へ押込(おしこ)め此室へ押込め。」
町長が起(た)ちあがって、憲兵を励ましたけれど、相手が死力(しりょく)を出しているので、なかなか始末がつかない。
そのときドクトルが、もう一枚の戸を内側から開けると、ゲスパンは支えを失ってよろよろと、ドミニ判事の坐っていた卓子(テーブル)の脚(あし)もとへ転げこんだが、すぐに起(た)ちあがって逃げ場を探した。けれど、窓も戸口も人が固めているのを見ると、彼は観念して仆(たお)れるように椅子へ腰をおろした。
「此奴(こいつ)は一杯機嫌で、千鳥足(ちどりあし)で帰って来たのです。」と憲兵伍長が報告した。「門前へ来て、我々の姿を見ると、すたこら逃げだしたので、すぐに追(おっ)かけて捕まえました。身体検査をやると、衣嚢(かくし)からハンケチと、枝剪鋏(えだきりばさみ)と、小さな鍵が二本と、数字を沢山書きこんだ紙片(かみきれ)と、金物屋(かなものや)の名刺を一枚発見しました。」
と、それらの証拠品を卓子(テーブル)の上において、
「それから、玄関へ入ろうとするとき、此奴が植込(うえこみ)の草花の中へ密(そっ)と財布を投(ほう)りだしたので、私が拾ってみますと、その中に百法(フラン)紙幣(さつ)が一枚と、ナポレオン金貨が三枚と、小さな銀貨が七法(フラン)入っていました。此奴昨晩(ゆうべ)は文無しで出かけたそうですが――」
「ナニ、出かける時は金を所持していなかったというんだな?」
と判事が念をおした。
「はア、執事から二十五法(フラン)を借りて行ったそうです。」
「そんなら執事を呼べ。」
早速執事のフランソアが呼びだされた。
判事は彼に対して訊問をはじめた。
「このゲスパンは、昨日(きのう)は金を所持していなかったか?」
「はい、金がないっていうものですから、巴里(パリ)行きの割前(わりまえ)を二十五法(フラン)だけ、私が貸してやりました。」
「しかし彼は貯金があったのではないのか。例えば、百法(フラン)紙幣(さつ)はあるが、それをくずしたくないので、お前に細(こまか)い金を借りたのではないのか?」
すると執事は首をふって、
「ゲスパンは貯金をするような男ではありません。給金は大抵女と花牌(はな)に費(つか)ってしまいます。現に先週も『コンメルス』というカッフェの主人が掛取(かけと)りにやって来て、滞(とどこ)おりを払わなければ、伯爵に云附(いいつ)けるなんて威かしていたくらいです。」
そういったが、少し云い過ぎたとでも思ったのか。
セ
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