九、探しもの
保安判事プランタさんの宅(たく)は、稍(やや)手狭(てぜま)ではあるが、瀟洒(しょうしゃ)として、いかにも哲人(てつじん)の住居(すまい)に適(ふさ)わしい家であった。
階下(した)は広い室(へや)が三間(ま)、二階が四間(よま)、三階は屋根室(やねべや)で、そこは召使の部屋になっていた。
どの室を見ても、主人公の世離(よばな)れた無頓着さが遺憾なく現われていた。窓布(カーテン)は陽に炎(や)けたままで、椅子は張りが破れ、置時計は止っているという有様だ。ただ書斎だけは極めて優雅に整頓されて、壁一面の大きな樫(かし)の書架には、背革(せがわ)に金文字入りの本がぎっしりと詰められ、手近な移動卓子(いどうテーブル)には、日頃の愛読書がいかにも親しげに積まれていた。
これらの書籍は、プランタさんにとって、最もよき親友なのである。
庭には広大な温室があって、好きな薔薇を百何十種と造っているが、これは彼の生活の中で一等贅沢なものだろう。
召使は、プチという寡婦(ごけ)さんが料理女(コック)兼家政婦、それに下男(げなん)のルイと二人だけだが、この下男は主として庭師の仕事をやっているのである。
プランタさんは今、二人の客と共に晩餐を終えると、料理女(コック)の持って来た、水の滴(したた)るような手造りの葡萄を摘(つま)みながら、
「おい、書斎の方に珈琲(コーヒー)の支度をしたら、退(さが)っていいよ。ルイにも寝ろといってくれ。」
やがて彼は客を促(うなが)して、食堂から書斎の方へ行ったが、葉巻の函をあけて、
「さアどうぞ。寝る前の煙草はいいものですよ。」
ルコックは、勧められるままにその香り高い葉巻に火をつけて、静かに喫(す)いながら、
「私は自分の書きものもあって、どうせ徹夜をしなければなりませんが、お寝(やす)みになる前に、プランタさんに伺っておきたいことがあります。」
「ええ、何なとお訊きなさい。」
「話はやはりこの事件のことですが、探れば探るほど複雑になって来て、ドミニ判事の考えているような単純なものではないと思います。ところがここに、重大なことで、私にはどうしても判然(はっきり)しないことが一つありますがね。」
「何ですか、それは?」プランタさんが問いかえした。
「外(ほか)でもありませんが、トレモレル伯爵は、何か大切(だいじ)な捜しものがあったんじゃないでしょうか。しかもそれは邸内に隠されてあったものです。例えば遺言状とか、手紙といったような、あまり嵩(かさ)ばらないものらしいです。」
「それは有りうることでしょう。」
「その点をはっきり知りたいんですがね。」
するとプランタさんは一寸(ちょっと)考えてから、
「実は、伯爵には、確かにそうした捜しものがありました。それは或る書類で、夫人の手許に保存されていたから、夫人が急に亡くなったとすれば、伯爵は勿論血眼(ちまなこ)になってそれを捜したでしょう。」
セ
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